ぼくらはみんなメガネ君
急に、【映画公開間近】スラムダンクのメガネ君について書きたくなったので、書きます。
スラムダンクについては、これまでも記事書いてます。
久しぶりに全巻読み返したけど、やっぱりスラムダンクはすごいなと思い知らされる。
マイケル・ジョーダンがバスケの神様なら、井上雄彦はバスケ漫画の神様だ。
「スラムダンク」に登場するメガネ君こと、木暮公延(こぐれきみのぶ)。
バスケ部の副キャプテンで、湘北の良心だ。
こんな友達が欲しかった。
なぜ彼について書きたくなったかと言うと、彼ほど共感できて、彼ほど理想的なベンチプレーヤーはいないと思うからです。
試合にはそんなに出ていないけれど、物語のキーマンだと思います。
湘北の大黒柱で主将の赤木は、「全国制覇」が口癖だった。
もし、その言葉を信じてついてきてくれるメガネ君がいなかったら、どれほど心細かっただろうか。
赤木一人だけでは駄目だった。メガネ君がいたからこそ、湘北バスケ部はなくならずに済んだのかもしれません。
メガネ君について、応援しているバスケ日本代表と絡めながら、書きます。
□メガネ君は、ベンチを温めている。□
メガネ君は、バスケ選手として、これといった才能があるわけではない。
宮城リョータのようなスピードがあるわけではない。
赤木や桜木のような高さやパワーがあるわけでもない。
流川や三井のような得点力があるわけでもない。
ごく平凡なプレーヤーだ。
だから、メガネ君は、ベンチを温めている。
赤木のワンマンチーム時代の湘北は、県大会一回戦負けだった。
才能が組み合わさってこそ、チームは強くなるものだ。
ワンマンチームには限界がある。
チームケミストリーなくして、強いチームは有り得ない。
湘北を赤木のワンマンチームにさせてしまっていたことは、だれよりもメガネ君が悔しかっただろう。
メガネ君は赤木の親友で、だれよりも赤木の実力を知っていたから。
だからこそ、自分のふがいなさを強く感じていただろう。
□メガネ君は、バスケ以外の才能はある。□
メガネ君は、バスケの才能があるわけではない。
それでも彼は顔かっこいいし、一般的に見れば高身長だし、頭もいいし、なんといっても人柄が良い。
バスケで食っていく才能がなくても、彼には別の道を歩むだけの力がある。
ぼくらもみんな何かしら才能があって、スポーツの世界で生きていけなくても、別の道を見つけられる。
部活で補欠でつらくても、ほかに進む道があるということだ、だれだってメガネ君と同じように、何かしらの才能を持っている。
まだ見つけていなくても、いつか見つけられる、自分の才能を、自分の生きる道を。
試合に出られないことは悔しいことだし、その現状を打破するためにがんばるのは良いことだ。
それでも――努力が報われないことはある。
しかしたとえベンチを温め続けても、自分を卑下することはない。
その大事なことを、メガネ君が教えてくれている。
□メガネ君は、元々スタメンだった。□
才能というのは相対的なもので、より大きな光が出てくれば、それまであった光が暗く見えてしまうものだ。
輝ける星の数は限られている。
新入生の流川や桜木、カムバックしてきた三井や宮城。
才能ある選手たちの加入で、弱小校だった湘北高校は、急激に強くなった。
嬉しいことに湘北は強くなった。
しかし悲しいことに、メガネ君はベンチに座ることになってしまった。
前に、こういうバスケCMを紹介したことがある。
いくらがんばっても結果が出ない。
元々の才能が足りていないからか、それともしたつもりの努力が足りていないのか?
どちらにせよ、認められないこと、選ばれないことは、とてもつらいことだ。
がんばっても実力を認めてもらえない。
だれもが経験したことあるからこそ、みんなの胸をしめつける切ない良いCMだ。
実力主義の競争社会で、勝ち残れる者ばかりではない。
むしろ、競争に負けてしまうもののほうが多い。
たとえ中学の時エースだったとしても、強豪校に進学してレギュラーになれずにベンチを温める。
バスケに限らず、スポーツではそういう光景を、何度も見るものだ。
競争社会で生きる以上、その残酷さは必ずある。
がんばっても認められず、試合に出られない。
試合に出られる選手の数が限られている以上それは仕方のないことだけど、やっぱり悲しいことだ。
中学のエースが高校でベンチを温めるように、
高校のエースも大学でベンチに座る未来だってあり得る。
大学のエースがプロのベンチを温めることも当然ある。
プロチームのエースでも、日本代表に選ばれないことだってもちろんある。
日本代表のエースでも、海外挑戦すれば試合に出られないということもある。
上に行けば行くほど競争は激しくなって、たとえどんなにすごい選手でも選ばれない悔しさをやがて経験することになる。
湘北は強くなったけど、メガネ君は、スタメンから弾かれた。
悔しいという感情がないわけない。
それでも、彼は湘北高校バスケ部が、チームが強くなるために懸命だ。
たとえ世界一の選手であっても、いずれベンチを温める日が来る。
だから、ぼくらはみんなメガネ君で、メガネ君はぼくらの生き写しなのだ。
□メガネ君は、ベンチで必死に応援してる。□
スラムダンクは名言の多いマンガだ。
主人公の桜木のバスケットへのひたむきさ、一年生エース流川の勝利への執念、赤木のキャプテンとしての苦悩、宮城の低身長ゆえの苦労、そして三井の挫折からの復活。
スタメン全員に名言がある。
でもスタメンの彼らの言葉よりも響くのは、メガネ君の言葉だ。少なくとも自分にとってはそうだった。
だって自分は、赤木や三井や宮城や流川や桜木のように、バスケプレーヤーとしての才能ある人間ではなかったから。
だから試合にほとんど出ていない、メガネ君のベンチからの言葉が一番響いた。
近日公開予定のスラムダンク映画は山王戦をやるんじゃないかという説があるが、その山王戦で、メガネ君の名言がある。
この名言が、日本代表を応援したいという気持ちを強めてくれる。
女子バスケは銀メダルを取れたけれど、まだまだ男子バスケがオリンピックでメダルを取る日は遠いでしょう。
でも、オリンピック出場すら、かつては遠い夢だったわけです。
日本バスケは確実に前進している。そう信じています。
男子バスケ日本代表がワールドカップでアメリカに大差をつけられて、まだ試合時間は残っているが勝ちは絶望的だったとき、
メガネ君の言葉が、自分の頭の中から聞こえてきた。
メガネ君は言ったのだ。
湘北が高校バスケ界最強の山王に挑み、敗戦ムードがベンチに漂うなかで、彼は力強く言ったのだ。
「コートの5人はすごい相手と戦ってるんだ。
ベンチも……最後まで戦おう。
代わりになれないならせめて――勇気づけよう」
「なんで勝てないんだ」と、怒るわけでも悲しむわけでもなくて、コートの外からでも共に最後まで戦おうとする姿勢。
ベンチプレーヤーの理想像を、応援する側のあるべき姿を、メガネ君に教えてもらった。
日本代表を応援するとき、自分は一人のメガネ君になる。
ぼくもあなたも、いつの間にか、メガネ君になっている。
ベンチに座っていても、観客席にいたとしても、たとえ画面越しだとしても、ぼくらだって戦える。
メガネ君と同じように。